亀仙流の教えの根本は「心の余裕」
仏教の目指す「悟り」は、簡単に言うと「心のゆとり」ともいえます。
そして、前回記事
「ま、いいかの心」と、「あきらめない心」 ドラゴンボール法話#11
でお伝えしたように、
亀仙流の教えの根本は「心の余裕」にあります。
亀仙人の教えは、かなり仏教的なのです。
天下一武道会で悟空と対戦したナムは、
貧しい故郷に水を買って帰るため、
賞金を目当てに武道会に参加しました。
武道の実力は申し分なく、
悟空とも互角の攻防を繰り広げたナムでしたが、
最後の空中戦で敗れました。
悟空の闘い方には遊び心が混じっていました。
ジャッキー・チュンの技をマネしたり、
あらたな技を試したりしながら、
ナムとの試合を楽しんでいたのです。
対してナムは、家族や村のみんなの期待を一身に背負うあまり、
少し余裕を欠いたのかもしれません。
あの試合の勝敗を分けたのは「心の余裕」だったのではないかと思います。
また、その次の天下一武道会では、
亀仙人のライバルだった「鶴仙人」の弟子たちとの対戦もありました。
鶴仙流の技「どどん波」は、「かめはめ波」と似ていますが、
おそらく「敵を倒す」ことに特化しているため、技の範囲が狭く、
攻撃したい部分をピンポイントで突くような鋭さをもっています。
それに対し「かめはめ波」は、
攻撃以外にも「反動で自分を浮かせる」「人をのせて遠くへ飛ばす」「敵の目くらまし」など、
別の用途で使われる事も多く、
悟空はのちに、足からかめはめ波を出し、
その勢いでパンチするアレンジも編み出します(ジャンプコミックス ドラゴンボール16巻 p113)。
鶴仙流だった天津飯は、悟空との試合までは「どどん波」を使用していましたが、
のちに使わなくなります。
ジャッキー・チュン(正体は亀仙人)との試合で
「安易な影の道からぬけだせ」
「陽の光に満ちた世界を走ってみよ」
とアドバイスを受けてから(ジャンプコミックス ドラゴンボール11巻 p57)、
殺し屋ではなく、武道家としての道を歩み始めたのです。
その結果、人を殺すための闘いではなく、
試合として、純粋に悟空と技を競い合った天津飯は、天下一武道会での優勝を果たします。
もともとは自分の寿命を削り、相手の命を奪う危険な技だった「気功砲」も、
悟空を攻撃するためではなく、舞台を吹き飛ばして場外へ落とすために使用し、
ギリギリで勝利しました。
亀仙流の教えにふれ、心に余裕が生まれた結果、「武道家・天津飯」は誕生したのです。
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著者紹介
鶯 蒼治郎
謎の浄土宗僧侶。
その正体は闇に包まれているが、以前は目黒で活動していたS山T郎ではないかとも言われている。
《著書》
三笠書房・知的生きかた文庫より『流されない練習』発売中
《関連情報》
根岸・西念寺にて「ドラクエ法話」不定期開催
西念寺ホームページ:http://sainenji.tokyo/